永遠列車って知ってるかい?
僕らを夢の国へと運んでくれるんだ。
その列車は千年かけて永遠を生きることのできる場所へと導いてくれる。
気の合う仲間たちと旅をするんだ、その列車には差別や裏切りもなくて、君を見捨てたりするような人は一人もいないんだよ?
毎日、楽しいことがたくさんあるんだ。そこには苦しいことも悲しいこともない世界。
過去や未来を旅して宇宙を永遠に旅をすることができるんだ。
タイムマシンのような役割も持っていて、自分の嫌な過去を直したり、未来で君がやってみたいことを叶えることもできる。
私は、夢を見ているのだろうか……。ここはどこだろうか、目の前の光景は何? まるで天国に居るみたい……。気がつくと、私はその問いかけに無意識に答えていた。
「そんな夢の様な列車が存在するのですか?」
目には見えないかも知れない。でもその列車は確かに存在するんだ。
列車に乗れるかどうかは、君次第だけれど……。ただ一つ条件がある。
その為に犠牲になる覚悟はあるかい?
「それは一体、何なのですか?」
人生そのものを諦めなければいけない……。その為には、古い自分を捨てて、第二の人生を送らなければならない。
その、未来の為にそれを受け入れられるかい?
「はい、そんな列車があれば、私も乗ってみたいです」
その言葉を待っていたよ、早苗。
これから君には辛いことがたくさん待っているかも知れないけれど、そんな時は必ず、僕が導いてあげる。
永遠列車へようこそ。
……段々と意識が元に戻ってくる。
今の出来事は何だったのだろうか? まだ幻を見ているかの様に頭がぼんやりとする。
(早苗……もう起きる時間だよ)
私を呼ぶのは誰?
「早苗、起きなさい」
「もう朝ですよ」
私は寝ぼけ眼を擦り、現実へと意識を向ける。お母さん? 今の声はお母さんだったのかな?
私はやっと目を覚ました。
「おはようございます」
白い天井とお母さんが見える……。きっと私を起こしに来たのだろう、私は寝ぼけつつも、ぶっきら棒に返事を返した。
「早苗、学校に行っていないからといって、不規則な生活になっては駄目よ。朝ご飯を準備したから、リビングに降りていらっしゃい」
私は、お母さんが何か不思議なことを言っている様な気がしたが、その言葉に気が付くことができなかった。
「はい……お母さん」
私は、素直に返事をする。朝ご飯が用意してある。早くベッドから、体を動かさなければ。
私は思い切って、身を起こした。
机の上に学校に行く為の鞄が置いてある。あれ……。ふと、壁掛け時計を見る。時計の針は午前十時を廻っている。
「あれ、今日は学校がお休みの日だったでしょうか?」
続けてカレンダーを覗く、今日は六月の六日。休日ではなかった!
「ぎゃっ!」
慌てて、声が出てしまった。私は大急ぎで、机の上の鞄に教科書を詰め込む。
すると、そこで私はあることに気が付く。
「あれ……?」
私って……。
「学校に通っていたのでしたっけ?」
あっ、そうでした……。
私は、学校には行っていないのでした……。
今日も私は一人なのですね。
私は胸の奥の痛みを何とか我慢したが、その苦しさを堪えられず、涙が滲んでしまった。
「私って一体何なのでしょうか」
こんな人生ってあるのでしょうか……。まだ少女の歳である私には、この現実がどうしても受け入れることができなかった。
私はショックを受けて、またベッドに寝転んだ。
何も考えず、何もせず、ただ時間だけが経過する。
段々と、胸の痛みが収まってきた。
「そうか、私は去年の今頃から、学校に行くことができなくなったのでした」
学校に行かなくてもいいんだという責任感から解放された気持ちと、皆から置いて行かれてるという焦る気持ちが交互にやってくる。
このままでは私はどうなってしまうのでしょう?
人生って本当に何なのかな?
こうなるのは私でなければ駄目だったのでしょうか?
今の心境をトランプで例えると、まるでジョーカーを引いてしまった様な気分がする。
まるで光が見えない。
これは、世の中が終わったことと同じことを指すのではないのだろうか。
世の終焉。
私の世界はここで廻らなくなってしまった。
希望はなくなった。私の人生はここで終わりなんだ。
そんな気分に浸ってしまっていた。
「早苗」
「ゆっくり寝ていたいのなら、朝ご飯はここに置いていくね」
ゴトっという食器台の音が、壁の向こうで、虚しく響き渡る。
私は重い体を起こし、窓のカーテンを開いて、日光を部屋に充満させてから、食事の準備をする。
私は食事に手を付けた。
でも……。
「ご飯の味なんかしないよう」
私は顔を歪める様にして涙を流した。
こんなことなら……。
あの夢みたいな世界にずっといたいな。
(早苗!)
(私はずっとあなたを見守って来たんだよ)(こんなことで……負けちゃだめ)
私は、朝ご飯を食べて、一人ベッドで考察をしていた。
学校の皆は今頃どうしているのでしょうか?
私が居なくても普段と変わることがないのでしょうか?
……そうだとすると、寂しい。私は皆から必要とされていないの?
心配して、私の家に訪ねて来てもくれません。
あんなに友達だと思っていた人たちとも、こんな感じで砂の様に関係が崩れてしまう。
でもそれなら。
私は……。
私は、友達なんていらない。
一人になるのは嫌だけれども、遅かれ早かれ、関係が無くなってしまうのならば、私は友達なんかいらない。
「これが一人の世界なのね」
この世界は一体誰が作ったのだろう? 私を産んだのはなぜ? 生きているって何? 死ぬこととは一体どんな意味があるのだろう?
でも、学校にもし通えていられたのだとしても、就職して、結婚するだけの人生に一体何の意味があるのでしょう?
「だめ……。こんなことをしていたら」
気を強く持たなくっちゃ!
本屋さんに……。行って来ようかな。
私は本を読むのは好き、それだけが今の私の救いだった。
その理由は私を別の世界に連れて行ってくれるものだから。
今の時間なら外でも学校の同級生にも会わない時間帯だ。
私は全身鏡を見て、服装をチェックする。
あまり自信のない顔の部位は敢えて見ることはしなかった。
私は、乱れた心を何とか整えて、外へ出る準備を終えた。
(お母さん……。行ってきます)
私は心の中でそう呟き、玄関のドアを開けた。
外の日差しが強く感じる。肌に自信のなかった私は、紫外線のクリームを持ってくるのだったと後悔をした。
私は、重い足取りを一歩一歩、引きずる様にして歩き、本屋まで何とか、辿り着こうとする。
駅前のざわざわとした雰囲気は苦手だった。まず人混みが体質と合わないのである。よく、みんな学校に行ったり、会社に行けたりするものだと思っていた。
満員電車なんかもってのほかだ。普段から、バスやタクシーなんかを利用するのが当たり前だった。学校という密室が苦手になってからというもの、狭い空間がトラウマになっているのかも知れない。
ただ、本屋さんだけは、飲食店や他の店と比べて、プレッシャーが少ない様に感じていた。
内面の世界が現れているのか、自分と相性が良いのかも知れない。
私は考察を続けながら、駅前の本屋に到着した。
「いらっしゃいませ」
その声を聞いて、サッと眼鏡を付け直す。眼鏡をしておけば、人の視線が気にならなくなるからだ。私は、特に目は悪くなく、いわゆる伊達眼鏡なのである。
たくさんの本が迎えてくれる。今の私にとっては、この空間が宝物庫の様に見える。
オドオドと店内を彷徨く。
ふと、不思議な感覚が身を包み、一冊の本が、私の目に止まった。
「えっ!?」
私は思わず、声を出していた。
目に止まった、本のタイトルに驚いてしまったのだ。
そのタイトルの名は……。
「永遠列車」
このタイトルは……。
夢で見た様な気がします。
予知夢という奴でしょうか? 私は、目の前で起こった出来事を理解できずにいた。
目には見えない列車。夢の国へと運ぶ。
私は、本を手に取り、中身を見ることもないまま、そのままレジへと持って行っていた。「ありがとうございました」
そのまま私は家へと帰宅する。
「早苗、どこに行っていたの?」
「あ、ちょっとそこまで」
私は、お母さんに適当に相づちをしてから、自分の部屋へと戻る。
部屋に鍵をしっかり掛けてから、机に向かい本を開いた。
「永遠列車」
夢の国へと向かう列車。
その旅は果てしなく続く。あなたが途中下車をしたいと望んでも、降りることは決してできない。ただ、降りたいとも思わないことだろう。なぜなら、その列車の終着駅は天国と呼ばれているところだからだ。
私は、気がつくと、小さな白い星の様な終点にまで乗車していた。そこには天使たちが、私を出迎えてくれて、歓迎してくれた。
限りなく、長い旅だった。だが私は、仲間たちとの旅に非常に満足していた。
その列車の千年間は、至福千年と呼ばれている楽園のたとえである。旅を終えた仲間たちは千年の期間を終えて、下車していった。だが、私はその後も白い星へと移住した。第二の人生の始まりである。
その列車は、苦痛もなく、穏やかで、まさに至福そのものだった。
私は、その白い星へと移住して気がついたことがある。ここでは永遠を生きる為の、スタートラインに立たせて貰うことができるということ。
素晴らしい星であった。
具体的にどの様にして、その列車に乗れるかということだが……。
……。
私はそこで本を閉じた。
ベッドに寝転がり考察する。
私はいつからこんなに疲れやすくなってしまったのでしょう。
慣れない内容に興奮して、神経を使ってしまったのかも知れません。
永遠列車か……。
あんな夢は、幻想です。小さい頃に憧れたサンタクロースを信じる様なもの。
でも、今思えば、小さな頃は幸せだったな。
パパもママも優しくて、こんな幸せが、きっと、ずっと続くものだと思っていました。
中学に上がるに連れて、親も教師も勉強、勉強と追い立ててくる。
クラスメイトも皆、異性の話しかしなくなってしまった。
どうして、皆、急に性格が変わってしまったのでしょう?
何だか、眠くなって来てしまいました。
せめて、夢の中くらいは、幸せな夢を見よう……。
――。
ここはどこだろう? 懐かしい光景だ。まるで、光のシャワーの様に周りが輝いている。
木々や花、緑がたくさん見える。ここは、公園だろうか。
この子たちは誰?
「さーちゃん、次は何をして遊ぼうか?」
「かくれんぼなんかどうかな?」
「オーケー!」
私の意見が通るなんて珍しい。これは、子供時代の私だろうか? 昔の友達と遊んでいるらしい。
「早苗! 早く隠れるぞ!」
あれ? 私にこんな男の子の友達が居ただろうか?
「敵が来た! 急いで隠れないと!」
敵って誰?
「でも、私、隠れるの苦手」
「だったら、家にでも引きこもってろよ。お前は足が遅いんだから」
「そんな、いじめないでよう」
「分かった、私、お家に隠れてるね。ずっとずっと、引きこもってるね」
「うん、それしか方法がないよな」
ごめんな、早苗……男の子が謝ってくる。段々と意識が戻ってきた。
そうか……。
私、ずっとこの男の子との約束を守っていたんだ。
外には敵が一杯いるから、それを案じていたんだね。
全く……心配性なんだから。
……あれ?
寝ぼけているのかな。
いけない、ダメ! こんなことじゃ。
でも、敵が来るって一体なんのことだったんだろう。
敵って誰のことだったんだろう。
お昼、食べてこようかな。
私はリビングまで、降りていくことにした。
一階に降りると、昼食の準備がしてあった。
すると久しぶりに、お母さんが話しかけてきた。
「早苗、お話があるんだけれど、聞いてくれる?」
「何? お母さん」
「早苗って、教会に行ってみる気はない?」 え、教会……? とは何のことでしょう。一体お母さんが何を言っているのかが、分からない。
「教会ってキリスト教の?」
「そう、この間、牧師さんがね、早苗が不登校だって聞いて、お祈りしてくれるって言うの。学校で勉強できないなら、教会でしてみるつもりはないかって。牧師さんの奥さんが、家庭教師の仕事をやっているらしくてね。早苗に教えてあげたいんだって」
「え……、勉強ですか?」
「そう、早苗が好きな国語が得意でね。お金もいらないんだって。だから、教会に行ってくれたら、お母さん、安心するんだけどな」
「少し……考えさせてください」
私はその場で答えを出すことができずに、一旦保留にしてしまった。
だけれど、その日の昼食は少しだけ美味しい味がした。
私はベッドに戻り、これからのことを考えていた。
教会に行って、私が本当に変わるきっかけになるのだろうか。
勉強を教えて貰えれば、今からでも大学受験を目指せるのかな?
……行ってみても良いかも知れない。
宗教の勉強をするつもりはないけれど、高校の勉強はやってみたい。それに知り合いができることは私にとっては、これから前に進む為に、必要なことかも知れない!
(そう! 早苗、ファイトだよ!)
……最近、よく声が聞こえる気がする。これは一体何なのだろうか。
(……)
ま、まあいいか。
私は教会に行く決心をした。お母さんを喜ばせてあげたいし、何より、友だちもできるかも知れない。これは、私にとっては喜ぶべきことだ。
でも、こんなに大胆な私が居るなんて思わなかったな。
まるで、何もないこの部屋に蝋燭の火が灯ったみたい。
嬉しい……。
ポジティブ早苗だ! 頑張ろう!
私はお母さんに行くことを伝える為に、報告しに行った。
――。
お母さんはとても喜んでくれた。
教会は、今週の日曜日にある。私は心の整理をする為に、外に散歩しに行った。
とても心地よい風が吹いていた。
それはまるで、私を祝福するかの様で、そよそよと私の頬を撫でる。
私は近くの公園まで来ていた。
ここは、確か夢で見た公園と一緒だ。
でも、あの男の子が言っていた外には敵がいるとは何のことだったんだろう?
永遠列車は本当にあるのだろうか?
もしかして、教会に行けば何か分かるかも知れない。
私は、あの本の続きを読む決心をした。
こんなこともあるかと思って、ここに持ってきていたのだ。
……。
永遠列車の終着駅は、遠い東の果てに存在する、楽園のことである。
別名エデン。
乗る条件が揃えば、必ずあなたを守護する天使が迎えに行くだろう。
乗る方法は、真心が大事な様で、本当の愛があれば、乗車することができると思う。
天使たちは、あなたを見守っている。
永遠列車は必ずあなたの側に存在する。
fin