すふにん小説

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ドラゴンになって

  周りには、七色の色で彩られた鉱石がたくさん転がっていた。ここに転がっている、石ころ一つ取ってみても、相当な高値で取引されることは間違いない。これを何個か、持ち帰ることができれば、億万長者になることは間違いなかった。僕は果たして、夢でも見ているのだろうか……。ぼんやりとした意識の中で、自分が勇者であるという自我を取り戻す。いけない……。僕がしっかりしないで、誰が、この天から授かったであろう、尊き使命を果たすというのだ。
 ここは、魔王城の最深部。僕は、魔王と呼ばれた存在を、退治しにここまで来ていたのだった。
「魔王エメラルタス! 覚悟しろ!」
「ま、まあ待て……。勇者よ、ここは交渉といかないか? わ、わしも命だけは惜しい。望むものなら何でもお前にくれてやろう。だ、だから命ばかりは……」
「ナメるな、魔王の甘言に乗るほど、僕は落ちぶれちゃいない!」
 そうして、僕は魔王の喉元に剣を突きつけた。これで、やっと、人間と魔王との長きに渡る戦争が終わる……僕は思った。これで平和がやってくるのだと。
「そう言ってくれるな、勇者よ。ほ、ほらどうだ? ここに転がっている鉱石なら、全部やろう。先ほど、お前が欲しそうにしていたことを、わしは知っておるぞ?」
「こんな石ころ……。お前の命に比べたら、一文の価値もない。お前が今までしてきたことを考えてみろ。一体、どれだけの人間の命を奪ってきたと言うのだ。命乞いをするのなら、あの世でするんだな!」
 そうして、僕は魔王の片腕を剣で一刀両断した。
「「ファァァァァ!?」」
「ふっふっふ、いい断末魔だなあ。ああ、その声を聞けただけでも、苦労した甲斐があった。それ、痛いか? それ」
 それは勇者にあるまじき行為だったかも知れない。しかし、こいつに惑わされた国民のことを考えれば、これくらいは当然の報いだった。散々、拷問を加えた後、最後は首を搔っ切ってやろう……。僕の頭の中で、この魔王を退治するまでのサクセスストーリーが、順調に進んでいた。
「い、痛いに決まっているだろう。一体こんなことして何になる? 魔王より、魔王っぽいぞ。ゆ、勇者よ!?」
「まだまだこんなことで終わらせないからな、魔王。次はこの炎の呪文で燃やしてやるんだ!」
 ボォォォォ。
 僕は炎の呪文を唱え、魔王の頭部を干上がらせた。
「は、配下の者は何をしている! この勇者を倒すのだ! わ、わしの髪が……」
「アハハハ、楽しいなあ。魔王というのは、実はこんなにもひ弱な生き物だったのか。お前の貧弱さが、これでわかったか、このタコ頭!」
「タコ頭には、今お前がしたんだろうが! こ、これは最後の手段だったのだが、今、封印を解くことにしよう!」
 ……まだ何かあるのか?  いや、最後の悪あがきだろう。こいつは、本当に最後の最後まで、往生際が悪い。そろそろ飽きてきたし、どどめを刺してやろうか……。そう思った、次の瞬間、魔王の体が緑色に発光し、竜の姿に変身した。
「お前の愚かさには、本当にあきれ果てたぞ。今、わしの真の力を見せてやる……。この魔法を人間界で使えば、世界が崩壊するかも知れないから、今まで封印してきたと言うのに……しかし、頭まで、こう侮辱されては、使わない訳にはいくまい……。勇者め、永遠の時を、竜の姿となり過ごすがよい!」
 ブォォォォン。
 僕の意識はそこで途切れることになる。
 ――数日も経っただろうか、まるで一年は昏々と眠り続けていた気がする。
 ……ここは、どこだ。
 僕は魔王を退治しようとして……あれ? それからどうなったんだろう。何も思い出せない。もしかしたら、全部、夢だったのか?
 いや、夢なんかじゃない。確かに、僕はさっきまで、魔王の巣の中にいた。それからとどめを刺そうとして……。そういえば、あいつ、最後に妙なことを言っていた。竜の姿になって、永遠の時を過ごせとかなんだとか。まさかな、そんな魔法。この世に存在する訳がない。あんなの嘘に決まってる。でも、万が一ということもあるし。
 周りをよく見ると、ここは洞窟だろうか。ピチョンピチョンと、水のしたたる音がした。「み、水……水が飲めるのか?」
 僕はズルズルと重い体を引きずって、その音のする方へと向かった。
 ガブリガブリガブリ。
 ……はあ、生き返った。しかし、ここはどこなんだ? どこかの洞窟のようだが、もしかして僕は転移呪文のようなもので、別世界まで飛ばされたのか?
 だけど、こんな場所で、果たして助なんかが来るだろうか? と、一抹の不安を覚えた。……とにかくここから移動しないと。
「でも、移動している間に、喉が渇くかも知れないし、もう少し水を飲んでおくか」
 僕はその水たまりを一瞥して、竜のシルエットが見えたことに気がついた。
「ま、魔王!? ここにいたのか!」
 しかし、僕のその声は、洞窟の中で何度もエコーするだけだった。
 いや違う、これは僕の姿だ。これは、もしかしたら……。
「ドラゴン?」