すふにん小説

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輪廻転生

 穏やかな風が私を包む。朱色で構築された神社の鳥居を跨いだあと、中央を避けて参道を歩く。手水舎で手と口を清めて、参拝の準備を整えた。丁寧にお辞儀をし、賽銭箱にお賽銭を入れた。鈴緒を鳴らした私は二拝二拍手一拝の儀を終える。
「神様、この世に生まれたことを感謝致します。これからもどうかお見守りください」
 そういえば、昨日は不思議な夢を見たんだった。私が蛙に食べられる夢だ。私は蝶としてこの世に生を受け、その一生を終える夢だ。
 あの夢は何だったのだろう。私は内容を深く思い出す。誰かに話しかけられた記憶がある。あれは確か……。
 ――。
「歩……歩ちゃんと言うのね。あなたはどうしてこの神社に訪ねてくるの?」
「あなたは誰? 私はただ花の蜜が欲しくて……」
「それなら、この先にあるからたくさん吸って来てごらん。でもね、決して花を荒らしてはいけないよ。花も生きているんだ……」
「花も生きているの? 動いていないのに不思議なことを言うのね」
 その声は静かに語りかける。
「花もあなたたち虫も基本的に変わりはない。生きているという意味では……いつかあなたにもわかる時が来るよ」
「そうなの? お母さんみたいなことを言うのね。確か子供の頃、そんなことを言われたことがあるわ」
「ふふふ、あなたが他の命を守ってさえくれれば私はいつでも見守っているわ」
「わかったわ。もう一人のお母さん」
 そして、私はここがお気に入りの場所となり、度々花の蜜を吸いに来ていた。私に語りかける主と会話する楽しみもあったかも知れない。だけれど悲劇は突然訪れた。
「今日も花の蜜を吸いに来たの。お母さん……」
「そう、あまり遠くに行ってはだめよ。それと私はお母さんではなくて、花の精なの」
「あっ!?」
 お母さんが何かを叫んだ瞬間、私は目の前に居た蛙に捕食されてしまった。目の前が真っ暗になる。
「こら、食べちゃだめ! その蝶は私の家族なの! 私の友達を奪わないで」
 蛙は口を硬直させ、何やら我慢していた様だったが、やがて我慢できず喉を動かしてしまった。

「あああ」
「ごめんね、ごめんね……私が花を荒らすななんて言うから、遠慮して同じ場所を飛んでいたんだよね。だから狙われてしまったんだ……」
 ここはどこなの……お母さん。暗いよ、怖いよ。
「蛙と同一化してしまったのね。ああ、私も今そっちに行くからね」
 その声の主はやがて沈黙した。
 やがて私は意識を取り戻し、池の水を覗いて仰天した。
「げこっ。ここはどこなの? この姿は何? 私……あの蛙になってしまったの」
(でも私も一緒にいるから。暗くても大丈夫。これからは私がずっと一緒に居て話し相手になってあげるから)
(うん……ありがとう)
 私はいつの日か蛙としての一生が始まった。いきなりの生まれ変わりに驚きはしたけれど、その生涯は退屈はしなかった。ずっとお友達も一緒だったから。
 やがて歳を取った頃、そんな私もまた鳥に食べられた。今度は鳥として空を飛び回った。その生活は今までの生活からは考えられないものがあった。あれ? でも空を飛んだのはこれが初めてではないような気がする。
「歩花……何を考えているんだい?」
「あ、あなた。いえ、何だか昔のことを思い出してしまって……」
「あまり考えすぎない様にしてくれよ。空ではそれが一大事になることだってある。常に敵が周囲にいないか確かめるんだ」
「わかっているわ、あなた」
 歩花……それが私の名前。でも前は歩という名前だった様な気がするの……これは気のせいなのかしら。そして、性格もこんな感じではなかった。何かがおかしい……。