すふにん小説

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灯の消えし場所にて神の鐘は鳴る(1話)

「臨時ニュースを申し上げます——」
 ラジオの向こうから、低く響く男の声が流れてきた。私は手を止め、息を潜める。
「帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入りました。これは、我が国の自存自衛と東亜の平和を守るための、やむを得ざる措置であります」
 一拍置いて、声の調子が変わる。
「米国と英国は、長年にわたり我が国の善意を踏みにじり、アジア諸国を搾取し続けてきました。彼らは自由と民主を語りながら、裏では弱者を虐げ、世界を混乱に陥れる鬼畜の如き存在であります」
 私は、ラジオの音量を少し下げた。台所の窓の外では、曇天の空に防空監視員の笛が響いていた。
「我が皇軍は、正義と大義のもとに立ち上がりました。一億一心、国民はこの聖戦に命を捧げる覚悟を持たねばなりません。鬼畜米英を撃滅し、東亜の光を取り戻すのです!」
 日本がついに戦争を開始した……。
 私はただ黙って、その内容を聞いていた。ふと壁に掛けられている日めくりを見やる。1941年12月8日。これから日本は怒濤の日々を送ることとなるだろう。私の胸にわずかな不安と、希望が入り交じる。
 日本がこの戦争に勝利すれば、国際的な評価は飛躍的に高まり、「五大国」の一角として認められるだろう。そして米英の経済封鎖を打破し、石油・食料・衣料などの物資が潤沢になる。
 私にとって、この戦争はただの出来事ではなかった。日本の未来がかかった一大事であり、まさしく自由への第一歩だった。「神国日本」が米英に勝つことで、世界にその精神的・文化的優越を示すことができる。天皇陛下の御威光が世界に広まり、日本に住む国民として、その誇りが保たれる。
 窓から肌寒い冬の風が吹き込んでくる。その風はまるで私を諫めているかのような、または勇気づけているかのようでもあった。
 私はこの戦争に賛成していた。だがその希望は、どこか現実味のない蜃気楼のようでもあった。これから起こることなど予想すら出来ないが、その眼の奥には日本がいつの日か、戦争に勝利する光景が繰り返し映っている。
 しばらくすると、母親が大慌てで「菊子! 菊子!」と叫びながら怒鳴り込んできた。慌ただしい一家だ。少しは落ち着いて欲しい。いや、落ち着ける訳はないか。これから国全体で戦争が起こるのだから。
「菊子、戦争の始まったばい。どこに逃げたらよかとやろかねぇ……」
 その母親の言葉に、半ば呆れながらも、私はまずは落ち着くようにと子どもをなだめるようにして言った。
「これから戦争の始まるけんね、慌てたらいかんとよ、おっかさん。とにかく、祈ることが大事ばい。日本が勝ったら、この世で一番になることも夢じゃなかけん……戦地からは離れとるばってん、ここ長崎かて他人事じゃなかとよ。何度も言うばってん、大事なのは、とにかく日本が勝つように祈ることたい」
 長崎は戦地からは離れていると思われていたから、私も私の母もどこかで安堵感を抱いていた。私はここ長崎が直接戦火に巻き込まれることはないと信じていた。むしろ、軍需生産などで国を支える場所になるはずだと考えていた。
 とにかく「安全地帯」と信じられていたその長崎の地では、直接戦闘が行われることはないと私は思っていた。そう言い伏せる形で私は母親を説得した。
「安心したばい、菊子。そうやね、大事んとは日本が敵に勝ってくれることたい。そしたら、こんな毎日ともおさらばできるけんね。おまえのお兄さんも、もう四年ばかし前に日中戦争で徴兵されてから、うちの家族もバラバラになって、寂しかったとよ。はよ、みんな揃うて、無事に暮らせるようになったらよかねぇ」
 私は今年で、二十一歳になる。少しばかり歳の離れた兄を思い出した。今、母親が言った通り、日中戦争で徴兵されてから一緒には暮らしていない。今もどこか遠い戦地にて、お国のために忠義を尽くしているはずだ。それは誇るべきことだと、私は信じていた。今は、日本の将来のために、みんなが頑張らなければいけない時なのだ。父は町役場職員として働いている。これから戦争が始まることもあって、きっと仕事も忙しくなるだろう。もうすぐ帰ってくる時間になるが、きっと顔色を変えて戻ってくるに違いない。感情的な母と相対して、父はどちらかといえば冷静で無口だ。だが、こんな時にさすがに冷静でいられる訳はない。きっと母と同じく大慌てで、今日は家の中が騒がしいこととなるだろう。私はそう予想していた。父と母は今年で五十ちょっと過ぎるくらいだが、仲は良いほうで、普段から家族の雰囲気はいい。名字は野嶋で、母の名前は響子。父の名前は剛だ。お見合い結婚だったらしいが関係は上手くいっているようだ。とにかく早く慌てた様子の父の顔が見たい。私はそんな悪戯に近い笑みを心に抱きながら、父の帰りを待っていた。
 それから小一時間もすると、玄関から騒々しい声を出している父がやってきた。
「菊子……戦争が始まったばい! どこに逃げたらよかとや……」
 その声に母も私も思わず笑い声を出した。