すふにん小説

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世界が終わってしまう光景

 世界の終わりが来るとしたら、あなたは何をしますか……? この話はあらかじめ未来の物事が記された書物。そんな予言の書を拾った少年の物語である。
「だから、そんなものがある訳がないでしょう。陽太……いつまでも子供みたいなことを言っていないで、真面目に勉強をしなさい」
「でも夢で見たんだ、世界が終わってしまう夢を。不気味な空が見えて、世界が大洪水で飲み込まれてしまうんだ」
「変な漫画ばかり見ているから、そんな夢を見てしまうのよ。いい加減にそんな夢から覚めなさい!」
「でも、母さん。世界が終わる夢が毎日続くなんて異常だよ。これは現実で何か起こるという兆候なんじゃないのかな」
「それで……もう学校にはどうしても行かないっていうのね?」
「ああ、考えてもみなよ。世界が終わってしまうというのに、学校に行く必要なんてあるのかい?」
「……あなたの好きに様にしなさい」
 僕は母による必死の説得にも応じることはなく、そのまま登校拒否することを選んだ。
 ……本当に終わってしまうんだ、世界が。
 僕はまた夢の続きを見ようとして二度寝をしようとした。あの予言の書を拾ってからというもの、心が穏やかになったことはない。眠れないとわかると、僕は机の中にしまってあった一冊の書物を開いた。
 最新のページにはこう書かれていた。
『この世は終わり、あなたは大洪水に飲み込まれる……それを解決する方法はただ一つ。一切人に近づかないことだ』
 こんなものを見たらとても学校なんて行けやしない……。不幸の手紙ではないが、僕はこれを信じるに足る理由があるのだ。
 それは前のページに書かれていたこの内容だ。
『あなたの大切な人が居なくなるだろう』
 最初は子供の悪戯か何かだと思っていた。だが、それは果たして現実のものとなった。
「あのね……陽太。近所で仲良しだったあの子が遠くに行ってしまうんだって」
「遠くってどこに? 母さん」
「交通事故でね……天国に行ったの」
 まさかの一言だった。いつも仲良しで遊んでいた彼女が亡くなってしまった。近くの川で溺れたのが原因らしい。理由は小さな子供を助けようとして逆に自分が溺れてしまったというのだ。
 これは夢か何かに違いない……。神様がそんな残酷なことをなさるものか。あの子を僕から取り上げて何がしたいって言うんだ。
 その日から僕は家から出ることはなくなった。
 自分の部屋から出ない毎日。それはある意味、学生には地獄の様なものだった。この歳で将来を諦めなければいけない。だが、それよりも僕は次のページに記された、世の中が終わりを迎えてしまうという箇所に衝撃を受けていた。どうも一つのことが終わると、新しくページが更新されるらしい。と……言うことは次は世界が終わってしまう現実が近く訪れるということだ。これ程わかりやすい証明も他にないだろう。そしてそれはまもなく現実のものとなる。
 それはテレビのニュースで放送された。
「世界は滅亡しました……。北アメリカで隕石が落ちたのがわかるでしょうか。我々の国もおそらく洪水で飲み込まれてしまうことでしょう。みなさま今までお疲れ様でした」
 そうしてニュース番組は終わった。
 辺りを見ると、一面がパニックになっている。最後の時を楽しもうとする人、行き場のない逃げ惑う人々。或いは悲観してどこかへ行ってしまう人まで居た。
 これで終わりなのか……。予言の書には新しいページが追加されていた。
『いよいよ新しい世界がやってくる。これはまもなく正夢となる』
 これは一体どういう意味だ? 新しい世界とは何だ? 意味がわからない。僕は目まぐるしく回る状況に混乱し始めていた。とにかくどこに行っても無駄なのだから今日はもう寝てしまおう……。僕はベッドで眠ることにした。

 寝ている間に何か起こったらしい。遂に家が洪水で飲み込まれたのか……。漂う意識の中、幽体離脱でもしたのだろうか。なぜか意識ははっきりとしていた。僕は両腕で握りしめていた予言の書を開いてみた。
『あなたにチャンスをあげます。夢の中を探検してみなさい。すると一つの不思議な樹木を見つけるでしょう。その木の実を取って食べてみなさい。するとあなたは永遠に生き続けることになる』
 予言の書にはこの様な内容が追加されていた。
 僕は導かれれるままに、目の前にそびえる樹木を見ていた。多分、あの木だろう……。あそこに何があると言うんだろうか。前を進んで行くと看板が見えて来た。
『ここは天国です。この樹木の木の実には不思議な効能がありまして、食べるとたちまち不老不死となります。どうぞお一つお手に取って食べてみてください』
 いやに親切な看板だ。ということは僕は死んだのか? やはり世界は終わってしまったのだろうか。僕はその木の実を手に取り、口に入れて食べてみることにした。
 何だろう……何か体に活力が湧いてきた。こんなことで永遠の命が手に入ったのだろうか。僕が不思議がっていると、次に案内人の様な人がこちらに向かってやってきた。
「ああ、天国行きの方ですね。お待ちしておりました。さあ、こちらへどうぞ」
 僕はその人に付いて行き、天国と書かれた門をくぐった。
 そこで見た光景はまるで異世界に来たかの様なものだった。あれは天使たちだろうか? 背中に翼を持った人が通りを歩いている。その天使たちは僕を見ると笑顔で迎えてくれた。
「あ、あの……やっぱりここは天国なんですか?」
「はい、そうですよ」
 その天使は僕が手に持っている本を見ると、訝しげにこう言った。
「ああ、予言の書を読んだのですね。さぞや混乱したことでしょう。でも、あなたがなぜこんなものを……」
「え、それは……大切な友人に渡されたんです。川で溺れてしまった女の子に」
「それって私のこと?」
 するとその子は天使の脇からひょっこりと現れた。
「この本はね、私が書いたんだよ」
「えっ!?」
 僕は驚きのあまり空いた口が塞がらなかった。どういうことだ? この本をこの子が? それは一体どういう……。
「あなたはね、実はずっと夢を見ていたの。地上で暮らす夢をね。あなたの正体を教えてあげる。実は天使だったのよ」
 あっ!
 そうだった。僕は天使だったんだ。
 僕が人間だと思い込んでいたのは、何かの錯覚で、人間として生きる悪夢をずっと見ていたんだ。あの滅んでしまう世界で……。
「思い出してくれた?」
「う、うん……。はあ、僕はすっかり夢に騙されていた訳だ。まさか地上で暮らす夢なんて見る羽目になるとは思わなかったよ」
「新しく追加されていたページも君が書いたのかい?」
 するとその少女は笑って答えた。
「そうだよ、君の悪夢を軽くしてあげようと思ってね、でも可笑しい。あんな夢を本気にするなんて君もずいぶん人間っぽいところがあるんだね」
「当たり前さ。僕は昔あそこに住んでいたんだから」
 僕は昔、人間の世界で任務に就いていたことがあったのだ。あの地を見守ることで、得たものがあったかどうかは微妙なところだが、その時の名残だろうか。時々、地上の夢を見ることがあった。
「はは、世界が終わってしまう夢なんて、僕もおかしな夢を見たなあ」
「うん、側で看病していたんだけれど、うなされててずっと心配していたんだよ。でもよかった。これで、安心して仕事に戻れるよ」

「ありがとう、この恩は忘れないよ」
 その天使にお礼を言って、僕もいつもの仕事に戻ることにした。しかし、この予言の書というのは、あの子の創作だったのか……すっかり騙された。次の新しいページにはこう書かれていた。
『愛しているよ』
       fin