僕は半ば放心状態になりながらフラフラと仏堂を出た。
先ほどの出来事は何だったのだろう、幻でも見ていたのか、本当にあれは声だったのか、あるいは幻聴だったのかも知れない。
タイムリープをして精神的に参っていたこともあるだろう。僕はあまり気にしないことにした。
だけれども……念の為に、謙信に相談した方がいいかも知れないとも思った。
仏堂を出てしばらくするとバッタリとチカに出会った。
「ミロク? どうしたんだ? 何だか顔色が悪いぞ?」
「ああ、うん……」
僕はぶっきらぼうな返事を返す。どうしようか、チカに相談してみようか。ただこんな内容を果たして分かって貰えるだろうか。
「とりあえず食事でもして元気を出そう?」
チカが本気で心配してくる……いつも君ってやつはこんな僕の為に心配してくれるんだなぁ。
「うん……」
ここは内緒にせず、食事の間にて三人で話そう。僕はそう考えた。
「食事の時に話すよ……チカ」
「うん、あんま無理すんなよ? ミロク」
三十分のちに僕たちは朝食を摂ることにした。そして、僕は今ここで先ほど起きた出来事を二人に話しておこうと決心をする。
「魔王って……」
二人を食事を摂りながら弥勒の言うことに耳を傾けた。
「霊的な存在なのかな……人間を魔物にしようと企んでいるんだろうか」
チカはダンマリを決め込んだ。謙信曰く、気の迷いから来た悩みだろうと言われた。
「どうしたのですか? 弥勒様。その様に悩まれていますと、とても信長を討つことなど出来やしませんぞ」
「そうだけど……」
うん、そうだよね……と謙信に返事を返して僕は食事を続けることにした。
考えすぎだ。さっきのはきっと気の迷いから来た幻聴なんだ。
そんな僕を見てチカは顔を覗き込んでくる。
「ミロク?」
「心配すんな、俺がきっと、お前のことを守ってやるからな」
大丈夫だ、きっと大丈夫。タイムリープをして戦国時代に来て本当に魔王と対峙なんかする訳がない。お釈迦さまもこれは修行だと仰られていたではないか。ゲームの様なものなんだ。ゲームの中に魔王が登場してたまるものか。そして僕はいつもの明るい表情を作ることに努めた。
そんな中、謙信が口を開く。
「ただ、弥勒様の言われる人間を魔物にするとは一体どのようなことなのでございましょうな」
仏教の正式な経典にないものをみんな信じてくれない。当然だ。教科書以外のことなんかわかるはずがない。ただ魔王がいるとしたならば人間を自分を同じ存在に変えたいというのは理に適っているような気がした。
魔が人間と同化して自分と同じ存在にする。
こんなことだれも理解してくれないよね……だって、目に見えない存在を信じてはくれないもの。目に見えない霊のことがわからないのに魔のことを話したって分かって貰えるわけがない……僕は考えれば考えるほど自分がノイローゼになるような感覚を受けて考えるのを辞めた。
「今日は外に出て、観光でもしようかミロク」
うん、と返事をして僕は大人しく着替えてチカと一緒に寺の外に出ることにした。
気を遣ってくれたことが嬉しくて僕は珍しく素直になるのだった。
外に出られることが嬉しい。
僕はそんな当たり前なことに喜びを感じることができた。
今日はいいことがありますように……。