すふにん小説

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四郎法度書

  体力がなく、引きこもりがちだった僕は地元の戦国時代、軍神と呼ばれる上杉謙信が祀られている春日山神社まで来ていた。
 どうか僕にも人並みに仕事ができるようにと祈願する為だ。
 なけなしの千円札を入れ、鈴を鳴らして二拝二拍手一拝をして、軽く会釈をする。
 ぎこちない笑顔が自分でも虚しく感じた。
 家に帰ろうとする時、突如、頭上に毘の旗が現れた。
 ここ数日、何も食べていなかった僕はその光景を見て意識を失い、倒れてしまった。
「ここはどこだろう?」
 独特の甘い香りに僕は目を覚ました。
「おぬし、大丈夫か?」
 救急隊員が来てくれたのだろうか……。僕はその声に甘えた声を出した。
「はい、すみません。よければ僕を病院まで運んでください」
 意識が朦朧としていた為か、その人の顔はよく見えなかった。
「病院とは何だ? まあ、行き倒れならわしの城まで来るがいいぞ。飯くらいは食わせてやるからな、童」
 その言葉を聞いて僕は泣いてしまった。
「……はい、ありがとうございます」
 安心して、目を瞑るとお腹になぜか背中の感触が伝わってきた。あれ? 救急車に運ばれるんじゃないのかな……と不思議に思ったものの、あまりの空腹にそのまま、また意識を失ってしまった。
 また目を覚ますと、今度は見慣れた山並みが見えて来た。ここは……。
「あの、どうして春日山城跡まで来ているのですか? この跡地には何もありませんが」
「何を言っておる……わしの城まで連れていくに決まっているだろう。腹の空きすぎで夢でも見ているのか? 童め」
 え?
 どういうことだ。突っ込みを入れる気分にもなれず、山を駆け上がるその男の体力に驚く。それに童とは? 僕はもう成人しているはずだが。
「さあ、着いたぞ」
 ここは……春日山城だ。僕は本当に夢でも見ているのだろうか。
「ところで、童の名前は何という? おぬしはどこから参ったのだ」
「ぼ、僕は、時貞と言います。益田時貞です……。あの有名なキリシタンの天草四郎の本名と同じです」
「ほう、キリシタンとは何だ? とにかく変わった名だな……。ほら、握り飯だ。食うとよいぞ」
 僕はそのおにぎりを見ると、慌てて手で掴み、がぶがぶと飲み込むようにして口いっぱいに頬張った。
「慌てて食うでない。ほら水だ」
 僕は溢れる涙と一緒に水を飲み込んだ。
  ――。
「すると、おぬしはセイレキ……とやらのミライから参ったのか? 二〇二三年とはいつの時代なのやら、はて困ったのう」
「はあ、僕にも何がなにやら」
「まだ混乱しているのだろう。可哀想に……ところでおぬしは歳はいくつなのじゃ」
「今年でハタチになります」
「旗乳? するととっくに戦場に出てもいい歳ではないか。随分幼い顔立ちをしておるな。ミライから来たと言うのならここがどこかはわかるだろう。ここは春日山城だ」
「……春日山城」
 確かに、城の様なものが見えるのだが、確かここは切り崩されて、無くなってしまったはず。一体どういうことなのか。
「それもわからぬのか? なら儂の顔くらいは知っておるだろう。儂は上杉謙信である。この越後の領主であるぞ」
「上杉謙信!」
 僕は咄嗟に声を出してしまった。
「流石にそれくらいは知っておったか。安心したぞ。おぬし……その綺麗な手から察するに、ひょっとして名門な家の出ではないのか?」
「い、いえ、ただのニートです」
「ニートとな? はて、おぬしの言っていることは何もかもがさっぱりじゃ……どうやら記憶を失っておる様だな」
「……ふむ、武官には向いてなさそうじゃが、文官なら務まりそうだ。よろしい、童よ。今日から儂の部下になれ」
「はい、ありがとうございます」
 僕は混乱するあまり、お礼を言ってしまうのであった。
 しかし、とんでもないことになった。まさか僕はタイムリープをしたのだろうか。それも戦国時代の上杉謙信が居る時代に。僕は何度も頬を叩くが、夢からは覚めることはなかった。
「おう、よく似合うな。ミライ」
 翌日、何故か僕は侍の甲冑を着せられていた。
「ところで、ミライとは何ですか? 僕は時貞という名前なのですが……」
「そうだったか? ミライから来たのだからそちらの方が何かと都合がよかろう」
「は、はあ」
「儂はこれから毘沙門堂に籠もるが一緒に来るか?」
「仏教……いえ、仏法の修行をなさるのですか?」
「何、ミライ……。おぬし、その歳で仏法を知っておるのか!?」
「はあ、一応実家は浄土真宗なので……」
 すると突然、その軍神は目を輝かせ、僕の手を握った。
「ふむ、おぬしにはこの像を渡しておこう。これに守って貰え」
 小さな像を渡される。これは……? 毘沙門天を彫った仏像だ。こんなものを渡されるとは、僕は信頼でもされただろうか。
「では、ミライ。今日は宿坊で泊まるといい。それではまたな」
 そうして夢の様な時間は過ぎていった。小さな手で仏像をしっかりと握りしめる。
(ミライ……?)
 仏像から何やら不思議な声が聞こえてくる。だが僕は疲れ果て、連れてこられた宿坊でそのまま寝てしまうのだった……。
              fin