すふにん小説

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弥勒物語♯17

周辺の近くの村に無事辿り着いた僕たちは、呉服屋で、チカの真珠のネックレスをこの時代の服装と路銀に替えることになんとか成功した。

「しかし特殊な方言だったよなぁ、身体言語でなんとか乗り切れたな!」

 交渉に成功できた最大の理由はチカの見事な弁舌のお陰だった、さすがお寺の娘である。普段、禅問答なんかやってるだけあった。

「でも相場より安く買い叩かれた気がするよ。やっぱり算術を学んでいないと商人からはナメられるよな」

 仕方ないだろ、とチカにたしなめられる。まあ本当にこの地方の寺の尼さんの法衣と、古着ではあるが袖付きの服が手に入ったのは喜ぶべきことだった。これで言葉さえ気を付けていれば、この辺の住民に怪しまれずに済むかもしれない。

「ちょんまげしてないからめっちゃ怪しい目で見られたのは焦ったよ。まだ元服してないから! って言い訳できたから良かったけど……」

「このまま、どこかの城に仕官できないかなあ……」

 そんな虫のいい話がある訳ないか、と地図を見るとこの辺一帯は越後地方に当たる。

……越後。

「ということは上杉謙信がいる国じゃないのか?」

「上杉謙信って誰だ?」

 チカは歴史に詳しくない、ここはどうやら僕の戦国の知識が頼りになるようだ。色々教えて行かないと……。

「この辺に上杉謙信って武将がいるんだよ、戦国大名でお殿様……いやお館様か。後世で、軍神って呼ばれていて、義に厚く仏教の信仰に尊かったらしいぞ。戦国最強の武将って言われてるんだ」

 戦国大名で仏教の信仰がある武将は当時は珍しい。僕たちはどうやらツキが回っているようだ。それも毘沙門天の化身と呼ばれている程、強い大名の勢力の近くに飛ばされたことは本当に恵まれていた。

「ふーん、こういう時はミロクが頼りになるなあ……えへへっ、仏教の信仰がある人に会えるなんてラッキーだな! ここは仕官でもしてお世話になろうぜ」

「まぁ、まだ会えるって決まった訳じゃないけれど……普段はずっと城に居るからなぁ」

 僕は、どう仕官するべきか悩んでいた。元服の年だとごまかしてもバレない歳とはいえ、多分この時代、仕官するには完全に縁か運である。それこそ一流の会社に就職する様なものだろう。この時代の知り合いのツテも全くないし……うーん、困った。

「本で見たことあるけど、大体こういう時は、城下町に下りて来ている武将とお話をしてみることかな。能力をアピールすれば仕官への道に繋がるかもしれないぞ」

「おし! その方向で行こうぜ。俺はもう疲れたから宿で休みたいぜ。しばらく宿にお世話になろうぜ」

 僕たちはとりあえず地図に沿って春日山城の城下町を目指すことにした。果たして上手く行くだろうか。宿屋に続けて泊まれそうな路銀は約一か月分、僕は野宿だけは嫌だぞ……。

……。

林泉寺《りんせんじ》。

天室光育《てんしつこういく》は憂いていた。

なぜ、私の弟子はああも気性が激しいのか。虎御前に泣きつかれ、景虎(虎千代《とらちよ》)が七歳で寺に入れることになった時は可愛いもんじゃったが……今ではあの甲斐の武田と争う様な武将になりよったか。

天室光育は当時の事を思い出していた。

「なんで俺が坊主なんかにならなくてはいかん!」

「坊主が嫌なのか、坊主になる事以外にお前に道があるというのか」

「その通りだ!」

「ほう、なら何にならなれると申すのじゃ」

「戦さの神になることじゃ!」

「戦さの神になれても坊主にはなれないと申すのか」

「そうじゃ!」

「坊主から逃げる様な奴が戦さで勝てると思っているのか」

「う……」

「ほらみたことか、戦さの神になれてもこの坊主一人には勝てぬということだの」

 そうすると坊主の方が武将より強いという訳だなと言って天室光育はカラカラと笑っていた。

……。

あの気性の激しい虎を止められる人物がどこかに居ないのだろうか……私でも止める事の出来なかった武将という名の修羅を止められる者がどこかに……。

「人はなぜ戦いを辞められん……」

 なぜ争うのか、なぜ土地を仕切るのか、なぜ土地を奪い合うのか。

天室光育は嘆いていた。

この戦国の世を止められる弥勒仏が果たして降りて来られないだろうか。

「一度、景虎に会ってみるか……」

 買い出しという名目を弟子に伝え、天室光育は春日山城、城下町へと向かう事にした。