すふにん小説

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弥勒物語♯19

春日山城、謁見の間にて……。

「天室光育か、久しいな……息災であったか?」

「ええ、この通り。虎千代も元気そうでなにより。それより私の顔を覚えておられますかな?」

「ははは、何、師の顔を忘れる事などある訳はない」

「そうかそうか」

 景虎と天室光育はそう言葉を交わして笑い、足を崩しながら歓談をしていた。懐かしさも混じってか昔の思い出話が続く。歳が離れたこの二人は仏門のよしみという事もあって、話も弾んでいる。一国の大名と僧侶との会話などそうそうある事ではない、だがこの二人は違った。よほど景虎は仏教の信仰が厚いのだろう。普段の武将としての顔はなく、その姿はさながら一人の人間の様に見えた。普段からこの二人はよく会っているらしく仏法の相談事をよくしているようであった。

景虎は剃髪はしていないが、頭巾で頭を覆い、質素な服装で身を飾っていた姿は一国の大名には見えない、お坊様の様な姿だった。この武将がありとあらゆる戦場を駆けているとはとても思えない。徳と武を備えた武将というのはこの様な姿なのだと……弥勒はそう肌で感じるのだった。

「おい、ミロク……説明してくれ。これは一体どういう状況なんだ?」

「しーっ、静かにして……今、お二人が大事な話してるから」

 僕は人差し指を口に付け、チカに促す。僕は身振り手振りでこの状況を詳しく話そうとするがチカはこの状況にちんぷんかんぷんの様子である。つまりだな、上杉謙信と天室光育さんは謙信……景虎がまだ小さい頃からの師弟だったらしく、近いうちに会う予定だったのだけれど、たまたまそこに僕たちは連れて来られたと説明した。

「こんな偶然もあるもんなんだなぁ」

「でも、なんで俺たちは連れて来られたんだろう……」

 チカもこの状況にはさすがにビビってしまっていたのか、普段より大人しくしている。よほど迫力があったのか、僕の言うことに対してコクリコクリと頷くだけで、長い間、黙ってしまっていた。

「僕にも分からないけど、それは天室光育さんはこの城に来るのに従者が欲しくて、チカがちょうどそこで尼僧の格好してたからだよ、きっと」

 そうなのか?とチカは少し安心した顔を見せる……僕はそんなチカにうんうんと頷く。

「して……此度は何用で参られたのかな」

 おう、そうだったと天室光育は僕の方に目を向ける。

「この童とぜひ、お話をしてみてくれませんかな?」

 なぜだ?と景虎が不思議そうな顔をする。事情を説明してくれと合図を送られた天室光育は今日、起こった出来事を話し始めた。

「実はこの童……」

 ひそひそと二人が内緒話をしている。景虎が眉をひそめて、相分かったと素直に承諾した。

すると、景虎が僕の方を向いてこちらに来るようにと手招きしてきた。

「おい、チカ。僕は、何かこのお二人を怒らせる様な事をしたのだろうか?」

「そうかも知んねぇな。おまえ、さっきからずっとオドオドしてたからだよ。気に食わなかったのかも知れないな。お気の毒に、南無」

「そんな薄情な事、言うなよ。僕とチカは運命共同体だろう!? 潔く二人で一緒にこの世から去ろうよ!」

「嫌だよ、お前一人が犠牲になればいいだろ、こんな時まで甘えんな!」

「お前、この時代に来る前と言ってる事が違うぞ?」

 僕はチカにも一緒に来るように促す。なんでだよ!と言いつつ、しぶしぶチカは僕の後に付いてきた。

謙信が僕に向かって話しかけて来た……本の中でしかしらない謙信は実際に会ってみると、毘沙門天の化身とも違わぬその迫力にやはり圧倒されてしまった。

「童の名は弥勒と申すのか?」

「はい、弥勒と言います」

「ふむ……そなたはどこから参られたのかな?」

「そ、それは実はその……」

 この迫力の前には嘘は付き通せないと判断し、観念した僕はありのまま全てを話そうと決心した。

「実は僕はずっと先の未来から来ました」