すふにん小説

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一千年後の人類

 一千年先に起きる出来事として考えられるものはやはり宇宙戦争であろう。

 人類が地球で暮らす時代はもう終わった。

 資源が尽きた地球で暮らすことは困難となり、人々は宇宙に飛び出した。

 それでも人類の営みに変わりはなかった。

 人類は変わることがなかった。それは、古今東西の人類の歴史を見ればわかることだ。

 何千年経っても学ぶことがなかった人類。

 戦争や、略奪を繰り返し、愛を学ぼうとする人類は圧倒的少数であった。

 だが、神はそんな人類を見捨てはしなかった。

 少数であったが、そんな愛を学ぼうとしていた人間の為に、ある惑星に移住させようとしていた。

 そこの星の名前はA159という惑星であった。

 それは人類が勝手に決めた名前であり、その惑星は番号で呼ばれることとなった。

 神が付けた名前は聖書の黙示録によればJerusalem。天上のエルサレムである。

 千年王国が終わり、その場所が人類に与えられた新しい星であった。

 そこは、地球と酷似していた。その星は資源が豊かで、様々な美しい自然、花々が綺麗に咲いていて、動物たちが平和に暮らしていた。

「あの星は素晴らしい楽園だ。草も木も花も動物も絶えることはない。すべての生物が着飾っている。私もできたらああいう星に移住したい」

 その星を守っていたのは多分、天使たちであっただろう。

 それを脅かすものはない。だがやはり、隣の星々では幾多もの戦争が繰り広げられていた。

 人類の歴史は至極、単純である。人類の知恵というのは極めて限られている。

 宇宙ステーションや、農業プラント。人工知能による、人類の為の快適な暮らしを求めようとしていたのだ。

 だが、人類の知恵など、その程度でしかない。神の知恵に及びはしない。

 人類はそういう面においては歴史から学ぼうとする。積み木をするように、土台となっている技術から取り入れようとする。それは失敗したくはないからだ。

 だが、神の知恵というのは、新しいものから取り入れる。新しいものを人類は受け入れることがない、それが人間の欠点なのである。人類の為に必要な、テクノロジーの進化の為のものなら例外なのかもしれないが……。

 私のこの想像する人類は二つの道へと枝分かれすることになる。進化をするか、退化をするかだ。

 頭脳だけが発達した人類と心指数が優れた人間だ。つまり、IQを取り入れた人間とEQを大切にした人間である。

 最も、人間に愛という感情を与えられることができたなら、それが一番なのだが……。

 どちらが進化であり、退化なのであろうか? その答えはあなたに委ねることにするが……。

 これらのことを考えた一人の人間がいた。

「私はもう人間が嫌になってしまった、どうして人は争いを続けるのだろう、私は心が優れる人間になりたい。それが果たして人間が目指すべき進化の形なのではないだろうか。霊長類であろうが、人とあまり変わることがないチンパンジーのような現人類はもう、うんざりなのだ」

 すると、声が聞こえてきた。

「あなたはそうなりたいのか?」

「あなたの例えるその霊長類はイルカやネコであろうか。この種族はお互いが争うことはない。喧嘩はすることはあるとは思うが、お互いを傷つけ合うことは決してしないのだ」

「あなたは誰でしょう? 天使ですか?」

「天使とはもしかしたら、そのような姿なのではないのでしょうか?」

「だったら私はイルカやネコの様になりたい。私が言っているのは心のことです。この考えは間違っているでしょうか? これから進化の可能性がある生き物は、あなたの言う通り、間違いなくイルカやネコなどであると思います。同じ霊長類である人間だけが、土地を奪い合い、無意味な争いを行うのです」

「そうだ、人間の進化を辿ると、チンパンジーからホモ・サピエンスとなり、現在の新生人類となった。しかし所詮は私たちは猿から進化した存在なのだ。創世記の神が土から作った創造論であるならば違うのかもしれないが」

「それならば、あなたは神さまでしょう。私の疑問に答えてください。人はなぜこんなにも不幸な存在なのでしょう」

「最も愚かな蛇が人間を惑わしたのだ。だが、一人だけ人類で進化した存在がいるとしたら……それは間違いなく釈迦如来であろう」

「確かに。その御方は争いを嫌い、生き物を傷つけることはしなかった。これは間違いなく人類が目指すべき境地なのでしょう」

「その様な境地を目指して走りなさい。答えを言ってしまえば、あなたは仏教を勉強すればよい」

「なるほど、あなたの答えに満足します」

 我々は間違いなくこのままでは滅ぶだろう。

 我々は愛を知ることはできない。そんな崇高な感情を持つことができない。そして、我々は知識で喧嘩をする。知識で負かそうとする。だから我々は知識を蓄えて他人より優れた存在になろうとする。あなたより多くのことを知っている。こんな雑学がわかっている。君より勉強ができる、あなたよりアイディアが豊富である。

「どうだ、知恵ある人間に猿が敵う訳がないのだ」

「はあ、あなたの知恵の深さには参りました」

 こういう喧嘩を我々は、日々行っているのだ。君はこんな事も知らないのか、気づかなかったのか、知っていて当然だろう。知らなくても、気付けなくても、別に悪いことではないであろうに……。

 だから、人より知識豊富になろうとすること。これは本来、いけないことではないのだろうか。

 このままでは人類は頭だけが発達した存在になるだろう。それは明確な退化であるのではないだろうか。

 それでも知識を得たいのであれば、良い蔵から積極的に取り入れるべきだ。つまり、良い知識だけを取り入れるのだ。悪い蔵から取り入れてはいけない。良い蔵からは良いものが、悪い蔵からは悪いものしか得られないからだ。

 私の考えは間違っているだろうか?

 我々はこれ以上、賢くなる必要なんてない。

 結論を言うと、我々がもし宇宙戦争を避けたいのなら、我々はもっと心を大切にするべきなのだ。