すふにん小説

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タイトル「善悪の木の実」

 主なる神は、土の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。主なる神は、東の方のエデンに園を設け、自ら形づくった人をそこに置かれた。主なる神は、見るからに好ましく、食べるに良いものをもたらすあらゆる木を地に生えいでさせ、また園の中央には、命の木と善悪の知識の木を生えいでさせられた。

主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。主なる神は人に命じて言われた。

「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう」

主なら神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。

「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか」

女は蛇に言われた。

「私たちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました」

蛇は女に言った。

「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ」

女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、一緒にいる男にも渡したので、彼も食べた。

……。

主なる神は言われた。

「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木の実からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。主なる神は彼をエデンの園から追い出した。

ーー。

「禁断の木の実は決して食べてはならない、これは人間が犯してしまった失態であり、これによって人間は生きるのに苦しく、老いるようになり、病に苦しみ、死んでしまう様になったんだね」

 僕たちは聖書について研究していた。それは、たまたまと言っていいのだが、テーマが創世記について語ろうというものの趣旨になったからだ。僕たちは創世記の要所を切り抜いて語り合っていた。

「禁断の木の実というのはどの様なものだったの?」

「僕にもよく分からないけれど、きっと妄想や考え事が次々に浮かぶ様な、恐ろしい麻薬の様なものだったのではないかと思うよ」

「妄想や考えごとが……?」

 僕はその友人に答えた。

「そう、それを防ぐにはもう人類は考えごとを辞めるしか他に手段が無いだろうね」

「そんなことが可能なの?」

 僕はあっけらかんと答えた。

「考えなければいい」

 なるほど、とその友人は頷く。

「考えごとを犯すから、人はミスをする。元々考えなんてものは怖いものなのさ。他人が何考えているかなんて考えたくもないけれど、この人は何を考えている? なんて考えると怖いだろう? それと一緒さ」

「確かに、考えごとを隠されると怖いわね」

「神様が一番、恐れたのは人が考える様になって、隠し事をすることだったのだと思うよ。これによって人は隠れて悪いことをたくさんする様になったからね」

「それが罪の源なのね」

 僕はそれで合っていると思うと答えた。今、僕たちは数人が集まるサークルで勉強会を開いていた。人が罪を犯した原因は何か? それを犯したことで人間がどうなったのか? それを解明するために、研究という名目で集まっていた。

考え事は目に見えないもの……。だが、自分の内面に確かに存在するもの。果たして、この部分が人間にとって必要なものなのか、または要らないものなのか……。僕はこれを人間の影の部分だと定義付けた。これがある為に、人間は人間らしい暮らしを失い、退化をするようになった、決定的なものだと仮定したのだ。

「具体的に考えを止めるにはどうしたらいいの?」

ただ、頭の中を空っぽにして、何も考えない様にすればいいんじゃないか? 僕はそう答える。

「それをトレーニングすればいいのね」

「そうそう」

頭の中をパソコンの電源を落とす様に、シャットダウンするイメージだ。僕は常日頃からこれを心掛けている。

「もし、考えたくなったら?」

「その時は、その時さ。ただ、無駄な考え事はしない。これが全てだと思うよ」

「なるほどね」

僕たちは、これを禁断の木の実の正体だと仮定して、研究を進めた。

もしかしたら、これが人間の病を治すワクチンに繋がるかもしれない。そんな淡い期待を抱いたのだ。